リアルタイムで文字化することで、
ご家族だけでなく患者さんご本人と診察内容を詳細に共有できる

慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科 神﨑先生

神﨑晶先生は耳の専門医として国内外で経験を積まれた後、2007年から慶應義塾大学病院で難聴や聴覚障がいのある患者さんの診察にあたっています。その中での課題は、付き添いのご家族だけでなく、どう患者さんご本人と診察内容を共有するかということです。かねてより、リアルタイムで会話を文字化するツールを探していたという神﨑先生。「タブレットmimi」を試用できないかとご相談をいただき、2021年5月中旬から約3ヶ月間、実際の診察で体験していただくことになりました。今回は、そんな医療現場でのリアルな体験レポートをお届けします。

診察で話したことをリアルタイムで文字化するツールがほしかった

──現在勤務しておられる慶應義塾大学病院では、難聴や聴覚障がいのある患者さんはどのくらい来院されるのですか?

半日の外来診療で20~30人ぐらい診察しますが、私の耳の専門外来ではほとんどの患者さんが難聴患者さんになります。

──難聴や聴覚障がいのある患者さまの診察に、どのように対応されていますか?

筆談が基本で、診察内容を紙に書いてお渡ししています。また、聞き取れる場合には、ゆっくり大きな声でお話しするようにしています。その際には、口の形で判断できることも多いので、口も大きく開くようにしていますね。

──診察上、どのようなことでお困りになられていますか?

多くの患者さんは、付き添いのご家族と一緒に来られます。すると、聴力に問題がないご家族と会話しながら診察を進めることになりますので、どうしても患者さんを飛び越えてご家族の方とお話しすることになり、患者さんご本人には要点だけをメモとしてお渡しすることになってしまいます。例えば10分お話しした内容を、ご本人には5~10行ぐらいにして渡すだけになってしまいます。それでは良くないと思いますが、とはいえ、一字一句書くのは不可能ですので、話したことがリアルタイムで伝わるツールがあればいいなとかねがね思っていました。タブレットでの音声入力を試してみたりもしたのですが、注意して話してもなかなか思い通りに文字化されなくて、結局、筆談に頼る状況になっていました。

紙に書かなくても、患者さんとご家族と同時に話を共有できるのがいい

──「タブレットmimi」をお知りになったきっかけを教えてください。

NPO団体「人工聴覚情報学会」の方に、「これ便利ですよ」とご紹介いただいて、その時に初めて使ってみました。この団体は、聴覚医療に関する正しい情報の発信や、聞こえない方の社会参加の場を整えたりする活動をされているのですが、その中で区役所などへ啓蒙活動もされておられました。

──初めて使用された際の印象はいかがでしたか?

医学用語がちゃんと出ることに驚きました。難聴者の患者さんによく使う単語も、たとえば「難聴」「補聴器」「手術」「人工内耳」など、間違えずに変換されました。タブレットだと、「人工」は「人口」と変換されてしまっていました。患者さんは70代から90歳ぐらいの方までおられますが、ご年配の方が多いとそういった誤字も気になってしまいます。

──実際に診察で使用されてみて、どのように感じられましたか?

患者さんと私の間に置いて診察してみましたが、問題なく自然にコミュニケーションできました。画面も十分大きいので、見えづらいと言われたこともありません。すべての会話を正確に文字化できるわけではありませんが、ほとんど理解していただけました。「ないよりもずっといいです!」と、筆談よりわかりやすいという反応が多かったですね。何より、付き添いのご家族との会話を、患者さんご本人に同時に共有できることが良かったです。私自身、要点だけとはいえあとで紙に書かなくてよくなったのでずいぶん楽になりました(笑)。

──文字を書く時間がなくなることで、診察の効率も上がったのですね。

効率だけではなく、難聴や聴覚障がいの診察は筆談やメモを書くためにどうしても長くなってしまって、患者さんをお待たせすることにもなっていたので、その点でも助かりました。人工内耳の手術の説明となると、なおさら時間がかかりますから。手術の説明は、内容や合併症のことなど込み入った話もあります。説明書と同意書は紙で用意していますが、やはり文字の羅列だとわかりにくい側面もありますし、それを渡しただけで終わりというのは…。人工内耳の手術が必要な患者さんは聞こえない状態ですのでどうご説明して、ご納得いただくのかが課題でした。また、付き添いのご家族がいらしても、同居していないケースでは既往症、薬の服用歴まではご存じないことが多く、ご本人とのコミュニケーションが欠かせないです。

──人工内耳の手術とは、具体的にどのような手術なのでしょう?

人工内耳とは、音を電気に変えて耳の神経に流し、脳に伝える機械です。その機械を体に埋め込む手術をすることで、補聴器よりも直接神経を刺激するので、補聴器で効果のない方も聞こえるようになるというメリットがあるのです。ただ、聞こえていた頃と同じように聞こえるかというと、そこは違います。聞こえ方は抑揚のない感じだと言われていますし、たとえば歌を歌うとか、音楽を楽しめるかというと、そこは難しい。望まれているレベルが高いと、術後にがっかりされてしまうので「まずコミュニケーションを取れるようになることが重要です」と現実的な目標値を事前にお話ししなければいけません。手術にはそういうコミュニケーションも必要になります。

難聴は認知症の最大のリスク。補聴器との併用は効果的

──実際の診察で、患者さんの反応で印象的なことはありましたか?

「便利ですね! どこで買えますか?」と聞かれることがよくありました。実生活でも使えると感じておられるのでしょうね。特に、コロナ禍でマスクを着けるようになったことが、こういったツールの必要性を高めているように感じます。マスクをすると高い音が聞き取りにくくなることに加えて、口の形が見えなくなりますので。そういった話は、ほとんどの患者さんから聞いています。補聴器を買うかどうか迷っていた方がついに購入されたり、一大決心が必要な手術に「これを機にやります」という方も増えてきています。

──補聴器と比較するといかがでしょうか?

補聴器の代わりにはなりませんが、併用することで、より理解できることが増えると思います。医療従事者として誤解のないように申し上げるのは、やはりまず聞こえるようにするのが大切なことです。補聴器や人工内耳で音の刺激を脳に伝えることで、脳の活性化につながります。まだ研究段階ですが、複雑な図形を見て書いてもらう検査をすると、聞こえるようになると「視覚的な記憶力が上がる」という研究結果もあります。ですから、記憶力や認知能力を上げるためにも、音の刺激を伝えるのは大切なことです。

──難聴は認知症のリスクを上げるというレポートもありますね。

認知症のメカニズムは解明されていないことも多く、諸説あるのですが、よく言われるのは聞こえない方は、“聞くため”に脳の能力の一部を使うので、その分認知のために能力を十分に使えなくなるということですね。聞こえる方は“聞くため”には脳の能力を使わなくとも良いのでその分認知のために能力を十分に使えます。また、特に男性の難聴患者さんは社会的孤立を招きやすいと言われます。社会的孤立も、認知症のリスクを高めてしまいます。そういったリスク回避のためにも、難聴は放っておかないで補聴器をつけましょうと言われるんですね。一般の方は実生活で難聴者に遭遇する機会は少ないと思いますが、それはやはり聞こえないからあまり外出されないためです。だから、補聴器や人工内耳で聞こえるようにしたうえで、こういったツールを併用して街へ出かけたり、家族と会いに行ったりする気持ちになっていただければ、意味のあることだと思います。

──病院ではどのような場面での活用が考えられますか?

医師の診察室に1台ずつあったらいいと思います。看護師や、難聴の方に言葉のトレーニングをする言語聴覚士も、医者以上に患者さんと向き合う職種ですのであると便利だと思います。また、難聴の検査には込み入ったものもありますので、検査技師の方にも使っていただくと便利かと思います。ほかに、一番あると便利だと思うのは、医療事務の窓口ですね。特に大きな病院だと、さまざまな担当医の患者さんと話しますし、その中には医療費の話もあります。また、「次はどこに行けばいいですか?」という場所のご案内など、多様で複雑なご相談を受けますから。

──病院以外におすすめできそうな場所はありますでしょうか?

行政でも活用できると思います。先日、区議の方に伺ったのですが、難聴者の方などとの意思疎通の促進のための条例ができたそうです。※注
行政が発信する情報を難聴者の方にどう伝えるかというのは、みなさんがさまざまな工夫をしておられます。そういった場でも活用できると思います。

※注 台東区「手話言語の普及及び障害者の意思疎通の促進に関する条例」